東京高等裁判所 昭和29年(ネ)449号・昭29年(ネ)466号 判決
控訴人池上は、本件賃料の支払については賃貸人たる被控訴人においてこれを取り立つべき約定であるに拘らず、被控訴人は昭和二〇年二月分以降の賃料の取立に来なかつたから、控訴人池上には賃料の支払につき履行遅滞の責任はなく、これを理由とする被控訴人の右契約解除の意思表示は無効であると主張するから、この点について考えるに、本件建物の賃貸借契約証書たる甲第二号証には、賃料支払の方法についての特約の記載がないけれども、当審証人黒田清治の証言によれば、持参払の約定だつたことがうかがわれ、当審証人池上君代の証言によれば、従来賃貸人たる被控訴人側において賃料取立に来ていたことが認められるけれども、これを以て直ちに賃料支払の方法が取立払の約定であつたものと認めることはできない。従つて昭和二〇年二月以降の賃料につき控訴人池上に履行遅滞があつたものといわなければならない。
控訴人池上は、解除に関する前記特約即ち賃料の支払を遅滞したときは、催告を要しないで直ちに賃貸借契約を解除しうる旨の特約は、借家法第六条に違反して無効であると主張するけれども、借家法第六条の規定によつて無効とされる特約条項は、同法第一条ないし第五条に規定する事項で、しかもその特約が賃借人に不利なものに限られているのに本件の解除に関する特約は右借家法第一条ないし第五条の規定に違反しないばかりでなく、借家法の規定の精神に反するものともいい得ないから、右特約は借家法の規定に違反し無効であるとの主張はこれを採用することができない。
控訴人池上は、仮に右特約が借家法に違反せず有効であるとしても、催告をしないで解除することは、信義の原則に反し無効であると主張するけれども、控訴人池上に賃料支払の履行遅滞のあることはさきに認定したとおりであり、右履行遅滞の場合に催告を要しないで賃貸借契約を解除しうる旨の特約が有効であることは前説明のとおりであるから、本件解除を目して信義則に違反するものということはできない。
しからば、本件建物に関する被控訴人と控訴人池上との間の賃貸借契約は、被控訴人のなした解除の意思表示により、昭和二三年五月一五日限り消滅したものというべく、従つて爾後控訴人池上は被控訴人に対抗しうるなんらの権原なくして本件建物を占有しているのであるから、所有者たる被控訴人に対しその明渡をなす義務あるものといわなければならない。